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コロナによって気付かされた「当たり前」の感覚
こんにちは。
少しずつ、日常が戻りつつある今日このごろですね。
街中にも人が増えてきたなと明らかに感じます。
昨日は1日ということもあり、神社へお参りに行ってきました。
先月も行きたかったのですが、緊急事態宣言発令の最中ということもあって自粛しておりました。
これまでどこかへ行こうと思った時に自分の意志で行くことができない日常が来るなんて考えもしなかったことです。
当たり前だったことが全て覆され、当たり前では無いことに気付かされることの連続でした。
ふと、同じように感じたことが過去にもあったなと思い出しました。
今から13年前、ちょうど私が離婚を経験したときです。
それまで当たり前と思っていたことが、色々とそうでないことに気づきました。
不足していることや不満に感じることを見つけるのはとても簡単で、特に気にしなくても次々に湧いてきます。
反対に満たされていることや物に関しては、当たり前という感覚のほうが強く、敢えてそのことに感謝の気持ちを持つことがなかなかできません。
そして失ってみて初めてそれが当たり前でなかったことに気付かされるのです。
今回の不自由な生活も、改めて色々なことに恵まれていたことに気付くことができました。
自由に外出できること、友人に会えること、買い物に行けること、そして仕事があること、全てに感謝です。
また、このような時期にもご来社くださったお客様にも感謝の気持ちでいっぱいです。
GW期間中に、昨年調査させていただいた複数のお客様からご連絡をいただきました。
決着がついたので…というご報告とともに、コロナが落ち着いたらまた来社くださるとのこと。
早速先週お一方、久しぶりにお会いして経過の詳細をお伺いしました。
笑顔で会ってお話ができる事が本当に嬉しかったです。
これから第2波が来るかもしれないし、コロナウィルスもこの世から消滅したわけでもなく、特効薬ができたわけでも無いわけですからまだ油断はできませんが、できる限りの注意は払いつつこれまでの日常を取り戻して行けたらいいなと思います。
吉備津神社では紫陽花が綺麗に咲いていました。
でもまだ蕾の方が多く、見頃はもう少し先のようです。
4月には桜が綺麗でしたが、今は可愛いさくらんぼになっていました。